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『社会と鋳金』いもののある風景 – モニュメントと鋳金家 『 伊達政宗騎馬像 その復元 』

独眼竜の雄将として名を馳せた伊達正宗は、伊達家十七代の当主で、仙台藩62万5千石を築いた藩祖でもある。正宗の騎馬像は、昭和10(1935)年5月、藩祖公没後三百年祭を記念し、宮城県青年団が寄付を呼びかけて建立された。 原型は、宮城県柴田町出身の彫刻家、小室 達(とおる)氏の作品である。鋳造は秋田県出身で香取秀真の指導を受けたこともある伊藤和助が担当し、仙台城趾 本丸跡に建てられた。 第二次世界大戦中の金属供出令によってり取り除かれたが、戦後偶然にも正宗像の胸像部が岩手県の東部釜石で発見された。さらに次いで、作者の没後(昭和28年)に郷里の柴田郡柴田町で原型が発見されると、仙台で一気に復元の声が高まった。

仙台市観光協会の支援で昭和39(1964)年9月に復元鋳造は完成した。

鋳造は、当時進境著しい、東京葛飾水元飯塚に大型鋳金工房を建てて間もない三浦七郎が受け持った。三浦と義弟 青野耕介ら、工房の人々の仕事振りには文字通り熱気をはらんだものがあった。

完成した『 伊達政宗騎馬像 』(昭和39年9月 写真提供: 後藤信夫)

甲冑武者の騎馬像は、馬装具などの形状から複雑な鋳型の作成を強いられる。多人数で対処するため、パーツは台座を含めて22個に分割して鋳造された。

熔接で組み立て

鋳上がったパーツそれぞれで仮仕上げを済ませ、熔接で組み立てる。 騎馬像の物理的問題として、圧倒的な重量の上部に比べ、脚部が細く、台座と蹄が接する「三点支持構造」のため、熔接作業はより細心の注意が必要となる。部品どうしがずれない様、帯金で仮留めしながら作業する。

台座と脚部の固定

像本体と台座の合体を、より強固な状態にするため、像全体を逆さまにして脚部蹄部に補強材を熔接し、さらに亜鉛・錫の合金を流し込みむ。この合金の特性である、鋭い鋳走り・細部への充填性(低融点)を活かして一種の「鋳からくり」を行なった。
前脚一カ所、後脚二カ所の計三カ所に亜鉛・錫合金を充填している。

亜鉛の融点は419℃。足場の悪い危険な作業となった

原稿:小林京和 再編集:松本隆